従業員のピンチ、でも、誰も金がなくて パート3
乾君はその場で携帯を取り出し電話をかけ始めた。
「あ、もしもし、寝てました?すんません。貞方さんのお母さんが危篤で金がなくて田舎に帰れないらしいんっすよ。
それで誰も金なくて、店長もいなくて、○○さん(私のこと)も手持ちなくて今日は無理らしいんっすよ。はい、はい。
え?取りにくればいいって?あ、わかりました。あ、はい。」
乾君は貞方さんに「5万くらいで大丈夫っすか?」と言った。
貞方さんはテーブルから起き上がり、「うん。5万あれば大丈夫」と興奮気味に言う。
電話を切った乾君は深夜のフリーター出水さん(仮名)が取りに来れば貸してくれると言った。
「貞方さん、出水さんの家、わかります?」
「いや、わからん」と貞方さんは言う。
乾君は電話を再び取り出し、出水さんに電話をかけた。
「貞方さんが出水さん家、わかんないっていうんで、きてくれないっすか?」
「『めんどうくせぇ』って言ってます」と我々のほうをみて乾君は軽く笑って言った。
「とにかく、俺これからキッチンに入らないと駄目だから緊急なんだからお願いしますよ」と乾君は電話を切ってしまった。
「たぶん、くんじゃないんっすか」と言い、乾君は控え室を出て、制服に着替えてキッチンに行ってしまった。
貞方さんはそわそわし始めた。
30分位してダルそうに寝癖がついた出水さんがやってきた。
顔には笑顔はない。
パントリーでキッチンの乾君に「寝てたんだから気軽に電話すんじゃねえよ」と無愛想に言った。
控え室に入ってきて、どかっとパイプ椅子に座って、
「あ、そうそう」と言って立ち上がり、ポケットから五万円を出して、
まったくの無表情にそれをテーブルにおいて、「はい。」と言った。
私と貞方さんが出水さんの顔をみると、少し照れくさそうであるがあいかわらずの無表情だ。
「大丈夫ですか?」と私が言うと、
「店長に返してもらうからいいですよ」と笑顔で言った。
「貞方さん、じゃあ、これ借りて早く行かないと」と言うと、
貞方さんは出水さんにお礼を言って、店を出て行った。
出水さんも立ち上がって、「じゃあ、おつかれっす」とのそのそとパントリーの方へ行き、
乾君の方に「そんじゃあ、おつかれ」と言って、帰っていったのである。
その後、お金は店長が出水さんに返して、店長から貞方さんが借金する形で、
一ヶ月に一万円ずつ返していくこととなった。